長屋の今月の少女趣味こうなあ
十三
生ましめんかな 栗原貞子
―原子爆弾秘話―
こわれたビルデングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク一本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭、汗くさい人いきれ うめき声
その中から不思議な声がきこえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です、私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも
熊さん 作者は栗原貞子さん、一九一三年生まれ、二〇〇五
年没。第二次世界大戦中「人間の尊厳」などの反戦詩
を書く。四五年ヒロシマで被爆、昭和から平成まで原
爆の非人間性を告発し続けた詩人。この詩は、旧広島
貯金支局の地下室で重症の産婆が赤ちゃんを誕生させ
たという話を聞いて作ったそうです。
虎さん 人間ていうのは不思議ですわなあ。原爆を造ったのも人間やし、使ったのも人間や。
せやけど、原爆投下の地獄のような惨状の中で、自分のことを忘れてこんなこともできるし、またこの詩に感動するのも人間ですもんなあ。
ご隠居 もう何も言うことはないわな。
熊さん この栗原さんの詩に「ヒロシマというとき」という詩があるねん。来月はその詩を載せたいと思ってます。